2026年1月。復職から数週間が経ち、仕事と育児の「二刀流生活」にも少しずつ慣れてきた「すなお」です。
最近、生後7ヶ月を前にした息子の動きが、なんだか「ただ事ではない」ことになっています。
世間一般で言う「ハイハイ」や「ずり這い」をイメージしていると、その予想を鮮やかに裏切られる。 今日は、そんな息子から教わった「成長の定義」について、本音で綴ってみたいと思います。
1. 息子の「ハイハイ」が、なんだかヨガのポーズみたいだ
うちの息子(2025年6月生まれ)は、今まさに移動手段を獲得しようと必死です。 でも、その姿が僕の知っている「ハイハイ」とは決定的に違うんです。
まず、両手で力強く体を持ち上げる。 そこまではいい。
でもそこから、膝を立て、足の裏でしっかりと地面を踏みしめる。 お尻を高く突き上げるそのシルエットは、まさにヨガの「ダウンドッグ(下を向いた犬のポーズ)」。
あるいは、一直線に体を支える「プランク」の姿勢。 そのままトコトコと手足で数歩進んでは、力尽きて「クシャッ」と潰れる。
「あれ?普通のハイハイって、もっと膝をこう、交互につくやつじゃなかったっけ?」
最初は戸惑いました。 でも、必死に地面を蹴って、ニコニコしながら僕や妻の元へ進んでくるその姿を見ていたら、 「正解なんてどうでもいいか」と思えてきたんです。
元プロスノーボーダーとして、数々の「型」を学んできた僕ですが、 今の息子は、自分自身の筋肉と骨を総動員して、彼なりの「最速理論」を構築している。 その試行錯誤のプロセスこそが、何よりも尊いと感じるからです。
2. 「完璧な親」を目指すのをやめたら、育児がもっと面白くなった
振り返ってみれば、自分が子供の頃に思い描いていた「32歳の大人」って、もっと完璧で、何でも知っている存在でした。
でも、実際にその年齢になって、親になってみて気づいたことがあります。 「僕らも、初めての経験の連続なんだ」ということ。
育休を180日間取得し、家事・育児のメイン担当として息子と向き合ってきましたが、 いまだに正解がわからないことだらけです。
離乳食の豆腐を全力で拒否されたり、 「もしもアフィリエイト」のAmazon提携に落ちて試行錯誤したり。
でも、それでいいんだと思います。
息子がハイハイの型を知らなくても前に進もうとしているように、 僕も「完璧な父親像」という型にハマるのをやめました。
大切なのは、間違えないことじゃない。 「昨日よりも少しだけ、良い方法を見つけること」。
息子がプランクのポーズで前に進むように、僕も泥臭く、自分なりのスタイルを模索し続けたい。 たとえ数年後、今の自分の考えが「青かったな」と正反対に変わっていたとしても、 それは退化ではなく「成長」の証なんだと確信しています。
3. 抱っこ紐で歩く、僕ら親子の「対話」の時間
仕事が始まってから、より一層大切にしている時間があります。 それは、抱っこ紐で息子を連れて行く「散歩」の時間。
僕は昔から散歩が好きでしたが、息子と一緒だと景色が全く違って見えます。
「あ、花が咲いてるね」 「大きな車が来たよ」
まだ言葉を話せない息子に、実況中継のように語りかける。 息子は「あー、うー」と、彼なりの言葉で返してくれる。
この時間は、息子への刺激であると同時に、僕自身のストレス解消にもなっています。 06:00出社という「攻めのフレックス」を選択しているからこそ作れる、貴重な親子の対話。
育児を「手伝う」のではなく、自分が主体となって楽しむ。 この「攻めの姿勢」が、僕の人生の熱量を最大化してくれています。
4. まとめ:成長とは「変わる」ことを恐れないこと
最近の僕の日課は、息子の前で一緒にハイハイをして見せることです。 32歳の男がリビングで四つん這いになり、「こうやるんだよ」と見本を見せる。
息子はそれを見て、ケラケラと笑いながら、また自分なりの「ダウンドッグ」で突き進んでいく。
結局、ハイハイができるようになるのが先か、 それとも捕まり立ちをしてしまうのが先か、それはわかりません。
でも、彼が自分で考え、体を動かし、昨日とは違う景色を見ようとする限り、 僕はそれを全力で肯定し、一緒に笑っていたい。
ブログ「おどるサボテン!」も同じです。 型通りの綺麗な記事を書くことより、今の僕が感じている「熱量」を、そのまま言葉にする。
これからも、息子と一緒に転びながら、 「自分なりの正解」を更新し続けていこうと思います。
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僕が育児やブログで「型」を捨てる決意をした背景や、 試行錯誤の記録は、こちらの記事でも詳しく書いています。






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