元プロスノーボーダーとして活動してきた僕が、なぜ22歳の時にスケートボードに再び足を踏み入れたのか 。
それは、スノーボードで最もストイックに技を磨いていたあの頃の「修行感」を、コンクリートの上でもう一度味わいたかったからです。
原点は、愛媛・東温市の「アクロス重信」での修行日々
僕の滑りの基礎を作ったのは、かつて愛媛県東温市にあった室内ゲレンデ「アクロス重信」です。
あそこは、プロを目指す者や上達に飢えた者たちが集まる、まさに「道場」のような場所でした。室内なので当然リフトはなく、あるのはムービングベルトだけ。
- 反復の密度:短いコースを、ムービングベルトでガンガン回して何百本と滑る。
- 攻めの姿勢:ベルトの上すらじっとしていられず、早く次の1本を滑るためにベルトの上を歩いて登る。
- 完成度の追求:新しい技に浮気するのではなく、同じ技を何回も、何百回も繰り返して精度を高めていく。
あの、息を切らしながらひたすら板と向き合う「修行」のような時間が、僕の滑りの原点にあります。
スケートボードは、究極に効率的な「修行場」である
スケートボードを始めて気づいたのは、これがアクロス重信での練習に極めて似ているということです。
最大の違いであり、最大の魅力は「リフトもムービングベルトも必要ない」こと。
コンクリートさえあれば、滑り降りた瞬間に板を拾い、その場でまた次のトライができる。スノーボードのようにリフトに乗って「休憩」する時間すらありません。
この「1分あたりの反復回数の多さ」こそが、スケートボードを究極の修行に変えてくれます。1時間滑れば、スノーボードの1日分に匹敵するほどのトライ数が稼げる。この濃密な反復練習が、僕にとってはたまらなく心地よいのです。
多くの人が「オーリー」で挫折する、残酷な現実
スケートボードを始めた人の多くが、1年も経たずに辞めてしまいます。その最大の理由は、誰もが憧れる「オーリー(板と一緒に跳ねる)」や「キックフリップ」の壁があまりにも高いからです。
- 理想と現実のギャップ:SNSで数ヶ月でフリップを決める天才を見て自分もいけると思う。
- 1年、2年という歳月:普通の人がキックフリップを形にするまでには、1〜2年の地道な練習が必要なことも珍しくない。
多くの人は、この「できない期間」を苦痛に感じて辞めてしまいます。でも、僕は思うんです。その「できない期間」を修行として割り切って楽しめるか。それこそがスケートボードという文化の本質ではないかと。
「修行」だと思えば、1ミリの成長が最高に楽しくなる
スノーボードの元プロという肩書きがあっても、コンクリートの上では無力でした。
最初はランプでオーリーの要らない技から始め、少しずつ板に慣れていきました。そこから本格的にオーリーの練習を始めましたが、最初は「縦コーン(立てた状態のパイロン)」を飛ぶのすら、得体の知れない恐怖がありました。
「できない自分を、ひたすら反復によって削ぎ落としていく」
この感覚は、アクロス重信でムービングベルトを歩いて登っていたあの頃と全く同じです。
- 並行練習の重要性:オーリーだけだと心が折れるから、ランプの技を磨きつつ、基礎のオーリーも積み上げる。
- 反復の先にある景色:1,000回失敗しても、1,001回目に少しだけ板が足に吸い付く感覚。その1ミリの成長のために、また次の1回を蹴る。
結論:スケートボードは「完成度」を追求する旅
スノーボードは僕にとって、今や最高の「リフレッシュ」であり「旅行」のような存在です 。
対して、スケートボードは今でも「修行」です。
リフト待ちのないコンクリートの上で、ひたすら自分の技の完成度を高めていく。プロだろうが初心者だろうが、この地道な反復の先にしか「上達」という報酬はありません。
オーリーができなくて辞めそうな人、キックフリップが遠すぎて絶望している人へ。 それは「才能がない」のではなく、今まさに「修行」の真っ只中にいるだけです。アクロスのベルトを歩いて登るような気持ちで、次の1本を蹴ってみませんか。その先には、何物にも代えがたい達成感が待っています。



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