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家事の「時短」は正義か?180日の育休を経て僕が直面した、効率化の「落とし穴」。

育児

「家事はもっと楽に、もっとスマートにできるはずだ」

180日間の育児休業を取得し、家事・育児のメイン担当を経験した僕は、常にそう考えてきました 。復職した今も、定時帰りのサラリーマンとして働きながら、趣味のスケートボードを楽しみ、このブログを運営し、サイドFIREという大きな目標を追いかけています 。

これらすべてを欲張りに叶えるためには、家事の徹底的な効率化、つまり「時短」は僕にとっての至上命題です。しかし、仕事に復帰して数週間が経った今、僕は一つの大きな壁にぶつかっています。

それは、「良かれと思って突き詰めた効率化が、逆に家族の幸福度を下げているのではないか?」という、意外すぎる悩みでした。

僕が「効率化」に憑りつかれた理由

僕が家事の効率化にこだわるのには理由があります。それは、自分の「やりたいこと」が明確だからです。

僕は元プロのスノーボーダーであり、今はスケートボードに情熱を注いでいます 。また、サイドFIREを実現するために、ブログでの発信や資産運用の勉強にも時間を割きたいと考えています

「人生を楽しくするために、人生を楽にするものにはガンガンお金を使いたい」

これが僕の哲学です。 例えば、離乳食作り。ホウレン草やかぼちゃを茹でて裏ごしする作業は、想像以上に時間がかかり、精神も削られます。先日、コープで裏ごし済みの冷凍野菜を見つけたとき、僕は迷わず購入を決めました

こうした「アウトソーシング」によって生まれた10分、20分という時間は、僕にとってはスケボーの練習時間になり、ブログの1セクションを書く時間になります。僕にとって時短は、そのまま「自由への切符」でした。

効率化が生んだ「何もしない時間」という苦痛

しかし、先日、家族と過ごす休日の中で、ふと妻の様子を見てハッとしました。

家事を徹底的に効率化し、さらに僕が主体的に動いて「やるべきこと」をどんどん片付けていく。その結果、妻が「ただ息子を抱っこして座っているだけ」という時間が増えていたのです。

もちろん、育児において「子供を抱っこして見守る」ことは、何にも代えがたい大切な仕事です 。 しかし、僕自身の経験を振り返っても、育児中の「何もしない時間」というのは、意外と精神的にくるものがあります。

家事という、手を動かせば目に見えて成果が出る作業がなくなることで、逆に「自分は今日一日、何をしたんだろう」「何も生産的なことができていないのではないか」という焦燥感に駆られてしまう。妻が今、まさにそのフェーズに入っているのではないか、と僕は感じたのです

「やりたいこと」の有無が、時短の価値を変える

ここで僕は、残酷な事実に気づきました。 「時短」が手放しで喜べるのは、その先に「やりたいこと」が待っている人間だけなのだ、と。

僕のように「時間が空いたらすぐにでもスケボーに行きたい」「ブログを書きたい」という人間にとって、時短は最高のご褒美です。空いた時間は即座に「自分を豊かにする時間」に変換されます。

しかし、もし今、明確な趣味や「これをやりたい」という対象が見つかっていない状態だとしたら、時短によって生まれた空白は、単なる「暇」という名の苦痛に変わってしまいます。

妻は今、育児に全力を注いでくれています。そんな彼女に対して、僕が「もっと楽にしよう」と家事を奪い去ることは、彼女から「家庭内での役割」や「達成感」を奪うことにもなりかねません

「暇だろう?」という言葉は、育児に励むパートナーに対して最も言ってはいけない禁句です 。彼女は暇なのではなく、育児という終わりのないミッションを遂行している最中なのです。ただ、その合間に「自分の手で何かを成し遂げた」という小さな手応えが必要なのだと、僕は痛感しました。

家族というチームの「最適解」を求めて

僕はこれまで、個人のパフォーマンスを上げるように家事を設計してきました。でも、家族はチームです。

一人が効率的に動きすぎて、もう一人が孤独や虚無感を感じているなら、それはチームとして失敗です。たとえ非効率であっても、二人で一緒に洗濯物を干したり、時間をかけて料理を作ったりすることが、今の僕たちには必要な「手間」なのかもしれません。

ジャーナリングを通じて自分の思考を整理する中で、僕は「これからは、妻にやりがいのあることをしてもらう工夫が必要だ」という結論に至りました 。それは決して「家事を押し付ける」という意味ではありません。

彼女が心から「楽しい」と思えること、あるいは「これをやった」と胸を張れること。それを一緒に見つけ、そのための時間を僕が作る。これこそが、本当の意味での「家族のための効率化」なのだと思います。

まとめ:サイドFIREの先にある、本当の自由とは

僕が目指しているサイドFIREは、単に仕事を辞めて楽をすることではありません 。家族全員が、自分の人生を自分でコントロールし、納得感を持って毎日を過ごせる状態にすることです。

資産が6,000万円あろうが1億円あろうが、そこに「やりたいこと」や「家族との笑顔」がなければ、ただの数字の羅列に過ぎません

今回の悩みは、僕が主体的に家事・育児に関わり続けてきたからこそ出会えた、ポジティブな壁だと思っています。

  • 便利なツールやサービスは、賢く使う。
  • でも、浮いた時間は「自分勝手」に使うだけでなく、家族の心の余白を埋めるためにも使う。

「おどるサボテン」として、これからも型にはまらない、本音の試行錯誤を続けていこうと思います。

効率化のその先にある、本当の「豊かさ」。 それを家族と一緒に見つける旅は、まだ始まったばかりです。

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